2017年8月16日水曜日

4年強ぶりの・・・。


         何と4年強ぶりの投稿です。

今年2月に義母の最期を看取り、我々二人の最低限の責務を果たすことができました。
        
思えばこの7,8年信州の山へ移住などと考えていましたがここぞというたびにハザードに阻まれ実現しませんでした。
これもきっと何かの仕業だったんでしょう。
        
そこでここに来て親たちを送った日本間を今度は自分たちの「終の部屋」にすべく思い切って改造しました。私たちの最後の贅沢でしょうか。
TVも、ステレオも、電話も、時計も置かずにいるので落ち着いた空間になっています。
私はこの部屋を<Besso(ベッソ)>と命名し信州への思いを断ち切ろうと思います(笑)。

何と易い志しだったのでしょう。呆れてしまいます(笑)。でも満足しています・・・。
いつもより少し早く咲いた
酔芙蓉

2013年7月6日土曜日

7月4日、5日東北行#3

最後に訪れた南三陸町の大雄禅寺。
この寺の檀家の300人以上が命を落としたということだ。
 
 
 
山門まで津波が襲い流され、新たに建てられたが
川で拾い集めた石仏がそここにあった

山門前の参道の樹齢300年以上という
大きな杉の並木が一本と残らずなぎ倒されたり
潮でかれてしまったのだと


鎌倉市が中心となり
清泉女学園、長谷寺、建長寺、東慶寺、
成就寺、妙法寺、浄智寺が贈った紫陽花が
まだ弱々しく寂しい

倒れた杉の切り株に彫ったのであろう
フクロウがポツンと
 
 
 
帰途に向かい30分も走れば
広大な田圃には真っ青な稲が生きずいている

このギャップに再び複雑な感慨になる


僅か1日230㎞をクルマで通りぬけただけだが、
昨日の盛岡での豊かな文化と芸術に触れ

翌日は自然の脅威に改めて震撼させられたが
誰しもこのキャップの世界に一瞬のうちに
突き落とされる可能性があるのだ、と

自然の脅威はもちろんだが、東北の人たちは
いや我々は
その上に人間が為した原発という驚異に
今もさらされているのだ







7月4日、5日東北行#2

翌5日は、どうしてもこの目に焼き付けておきたかった震災被災地の一端。
被災者の方々には甚だある意味では大変に申し訳がないのだけれど
既に2年4ヶ月が経った今ごろなのだが、同じ日本人として目の当たりに
しておかなければならない気持ちに駆られていた。

この日は盛岡駅でレンタカーを借り、釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、
南三陸町と予定し、くりこま高原駅から帰途。

東北自動車道を一路釜石へ


予期せずその日は両陛下の
岩手県被災地への行幸を心待ちする住民

交通規制にぶつかり釜石は断念する

山間部を抜け海岸線に出るや

運動場であっただろう、照明灯

集団移住地の造成なのだろうか?
復興には何かおぼつかない
 


遠くの「奇跡の一本松」も
とても空しく映る



目の当たりにすると
全く違う感慨とショック




「復幸マルシェ」の食堂の主人は
「これ以上、何を頑張ればいいのか…」と

気仙沼線はどこも殆どが寸断されている

















7月4日、5日 東北行#1

新しいプロジェクトの視察を兼ねて、ふたつの念願を叶えることができた。
7月4日天気はいまひとつというところだったが、盛岡へ東北新幹線で
向かう。



昼前に盛岡駅に到着し、15:30の約束の視察の前にひとつ目の念願の
「ジョー・プライスコレクション展」を見るために昼食後岩手県立美術館に。
この展覧会はジョー・プライス氏夫妻が東北の被災地の特に子どもたち
のために自らが集めた日本人の発想力や絵画の表現力の素晴らしさを
知らせてその楽しさを感じ元気を取り戻して欲しいという趣旨で開かれた。
そのため仙台を始めに盛岡、福島と半年をかけて巡回してくれる。

伊藤若冲のファンで今までも数回その素晴らしい絵に接したのだが今回の
趣旨に趣向に感動し是非何処かで見たいものだと考えていた。
20点の若冲に改めて目を奪われた。

裁判所の石割桜
 
火の見櫓
 

宮澤賢治ゆかりの光原社
現在は全国の民藝をリードする作品を扱っている

美術館を出て約束の15:30まで時間があったので、市内周辺を散策。

歴史文化館から臨む涼やかなスケープ

プロジェクトはある小さな法人博物館のリニューアルのコーディネートを
依頼されており、そのための博物館の各役割とその機能を粒さに説明を
受けたいと無理を言って「もりおか歴史文化館」の学芸員の方のお時間を
頂いた。

2013年6月28日金曜日


南伊豆、弓ヶ浜のIZU Outrigger Canoe Club に新艇 Pure Canoe 3-Manが
デビューした。
昨日(6月27日大安)、江の島神社の神式にのっとり行われた進水式に参加
させてもらった。

このカヌーは3人乗りで、恐らく日本にはまだ2艇目と推定される新しい型の
ノリモノ。
3人乗りといえども、全長11mの長いが、しかし重量はカーボンクロスで60Kと
とても軽い。

式後、若干装着方が不完全でハワイから送られてきて、急遽現場で間に合
わせで処置をしたこともあり、また前日の前線、低気圧の通過後ということで
風と波が残る中の船出式であったので緊張して乗り込んだため僅か20分程
度の漕航だったがいつものハードな練習より疲労感があった。

しかし、この大変にシンプルなカヌーも時代を追うごとに進化と変革が起こっ
ているわけだ。
数年すればこの形式が日本でも主流になることだろう。



2013年6月21日金曜日

バロメータ



 
 
 
 
何とまー、beautifulなシェイプ!

先週のレースも中止になり、いよいよ8月31日のKonaレースの練習に突入するわけだ。
このアウトリガーカヌー、不覚にも予期せぬ還暦前の大病(?)を乗り越え、縁あって始め
たわけだけれど、同じく始めたもう一方の仏像彫刻は今年になって才能の無さにめげて
現在休止中。

このカヌーは個人技ではなく6人の呼吸が合わなければ前に気持ちよく進まない道具。
... それもKonaレースは距離は30Kmを超え、時間は恐らく過去2回の経験から言って
1時間45分以上は優にかかるだろう。平均年齢60.2歳のパドラーたち。
ただひたすら漕ぐわけだ。

成績ではなく、いまはこれに行ける、いや行きたいと思う気持ちが起こることこそが体力
と気力のバロメーターなのかも知れない。
その気持ちもそろそろ不安定になってきている・・・。
今年が最後にならないように祈りたい。

2013年5月13日月曜日

上品な器


きょう家内の88歳の矍鑠たる叔母が義父(故小山敬三画伯)の墓を鎌倉霊園から
故郷の小諸に移すということで家内が鎌倉に付き添った。そのお礼として頂いた
叔母自作の器。

 叔母は日本陶芸倶楽部の正会員で頂いた器はトルコの国花としてのチューリップ

をモチーフにしたもの。
チューリップと言えばオランダと思っていたが、『チューリップの語源は、「トルコ人

のくちびる」である。チューリップの花びらの一番上がトルコ人の唇に似ていたから
そう呼んだ。”テュルク、リップ”をはやくいってみよう。”テュルクリップ、チュルクリッ
プ、チュルリップ、チューリップ!” 』だそうだ。
形といい、絵柄のデザイン、色合いといい上品でとてもうれしい!


さすが義父故小山敬三画伯から絵ごころを授かったのだろうか。

長い間日本陶芸倶楽部で腕を磨き、長姉故三上登美子の亡夫で陶器を
中心に研究した考古学者三上次男氏の見識の影響も受けたのだろう。


今月22日~27日まで日本橋三越で開催される「第46回 日本陶芸倶楽部 チャリ
ティ作品展」に6作品も出品するそうでもう敬服のかぎり!