2011年3月31日木曜日

ようやく墓参りに。

バタバタのお彼岸だったので、僕の代になって初めてと言える
墓参りができず、3月中にときょう行くことに。

往きはお茶ノ水駅から向丘2丁目までタクシーで。


お寺は時期外れで参拝者は僕たちだけで、
住職もお留守。山門番のおじさんにお線香
とシキビを頂き、墓前にお参り。
遅れたことのエクスキューズ、そして震災
被災者の方々へのお願いやら、世の中諸々
平静に向かいますようひたすらお願いを…。
やはりいつもやってることをしてないのは
気持ちが悪かったがようやくすっきりした。




ぽかぽか陽気で、とても気持ちのよいお参りになった。
近所のお寺の桜もすーしほころびかけていた。


東大農学部入口の扉
その中の大きな××椎の木
正門

大学も休みでクスノキ並木の歩道も人はまばら

重要文化財、赤門


帰りは本郷通りをひたすら歩き本郷三丁目でお気に入りの
ランチのカレーを食べて、もう一つの壱岐通りの寺にも参拝。

いっそ、ということでそこからお茶の水駅までテクテク歩いた。
携帯の万歩計は1万歩を優にオーバーしていた。

そのまま直帰もモッタイナイ(?)ので丸ビルと新丸ビルをひと
回り。
まだまだ当然だけどひと足はまばらで、コーナーのソファの
オジサンたちの居眠りだけが目立ちった。

ジョージーは 3 k に。

マイラと同じに
ケムケムジョージー。
体重を計ったら
3k でした。


7.7k のカフナと
3k のジョージー



2011年3月30日水曜日

東大病院team-nakagawaのBlog。

放射線量と健康被害について分かり易く、なるべく正確に連日載せていると
H社のワインの師匠(?!)のMさんから連絡があった。

http://tnakagawa.exblog.jp/

http://www.u-tokyo-rad.jp/data/toudaivol4.pdf

2011年3月29日火曜日

原発作業員たちの造血幹細胞採取!

虎の門病院の谷口血液内科部長らは原発作業員たちの被ばくによる
将来の(白血病の)発病に備え「造血幹細胞採取を」と提言した。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210329032.html


一方、英国のゲイル博士は合理的ではないと反論している。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110330k0000m040052000c.html

柳田邦男さんが言った、「効率主義との決別を」

2011年3月29日毎日新聞夕刊「特集ワイド」
大地震の衝撃 日本よ! この国はどこへ行こうとしているのか

に、以下の要約のように…


「日本の浮沈にかかわる巨大災害になってしまった」
「やるべきこと、学ぶべきことは山ほどある。ではどうするか」

「あらゆる前提条件が破られた。前提条件とは、いつか破られるもの。
この震災の教訓は、そこにあります」

「自治体や企業が防災を考えるときに、どこかで線引きをするのはやむを
得ない。…財政的にも不可能…。……ところが現実には、線引きを絶対視
してしまい、それに応じた対策をとって安全としている。ミニマム(最低限)で
あるはずの前提条件が、いつの間にかマキシマム(最大限)になっている。
ここに落とし穴があるのです」

電力会社が誇る「多重防護」はあっけなく突破された。

「そもそも歴史は想定外の繰り返し…。(第二次大戦での教訓が)私たちの
思考に、この負の遺産が受け継がれてないのでしょうか」

最も根源的な「では、どうするか」が残っていた。主語は日本人である。
「ハッキリしていることがある。災害、巨大事故、加えて薬害、公害。
こうした分野においては『効率主義』は危険だということです」

特に80年代以降、国や自治体の財政が悪化し、企業の生き残り競争が
激化する中で、人減らしや組織をスリム化する効率主義が「闊歩」する
ようになった。

けれど、効率化という目標の前では『前提条件がもし崩れたら』という
発想は排除され、次善の策も『ありえないこと』として削られる。それでは
災害は防げない。どんな組織・システムも遊びや余剰部分があってこそ
安全を保てるのです」

そしてこう結んだ。
「防災にかかわる分野での効率主義との決別。これは国の思想の転換、
思想革命です」

「3・11」の前なら拒絶する人もいただろう。でも今なら実行できる。いや、
しなけければならない。一人でも多くを災害から救うために。

とありました。


しかし、災害だけの効率主義との決別で良いだろうか。
企業の非正規雇用や受注生産主義、丸ごとアウトソーシング(外注)、一貫
性のないフェーズごとに切り裂かれたシステム、また大きくは国の安全保障、
自衛隊(≒軍隊)の存在意義、地方自治等々…曖昧で半端な論議で逃げて
きた我々が、改めて受け入れるか否か、この国と我々国民の「覚悟」
本当に必要な時代がきたと痛切に感じています。

2011年3月28日月曜日

♪♪ ツナガル世界 ♪♪







まだちっちゃいお子ちゃま のころから知っている
横浜生まれの鵠沼育ち、稲葉梢子ちゃんのアクション


みんな黙っていられない!

              「いま出来ることは何だ!」

僕の知らなかった飼い犬。


左が亡母、右が亡祖母
足元にESSミックス犬?


犬だけ撮るなんて
けっこう犬好きだったようで!

おとなしそう。



亡母の写真スタンドの中から、およそ70数年以上前と思われる
亡祖母と亡母のスナップが出てきた。
それも犬だけのも。

その亡祖母の足元には飼い犬と思われる、それもひょっとする
とイングリッシュ・スプリンガー・スパニエル(ESS)かのMix犬と
思しき犬です。
その当時そんなオシャレな犬種いたのでしょうか。

鼻先のマズルから頭に頂点まで白いラインが入っているし、
足先もメインカラーが白で胸も白い。
しかし、身体が大きく見える。祖母が小さいこともあるけど…。

へ~、へ~、へ~ です。
驚きました!




この二人も大正12年(1923年)の関東大震災で日本橋を焼け出され、
東京にはもう住めないとこの鵠沼に移り住んできました。


これは2年前に18歳で逝った
我が家のESSの
CHENEL

2011年3月27日日曜日

「心に太陽を持て」

藤沢市立鵠洋小学校の恩師である玉野輝光先生が僕たちが
還暦を迎えた年の同窓会で次の文章を添えて全員に
「心に太陽を持て」山本有三編著をくださった。
ここ2年ばかり同窓会がないので気がかりではあるのですが
いままでまめな永久幹事のF君のお陰で毎年開かれていた
本当に稀有なありがたいクラスなのです。
それもひとえに先生の優しいお人柄によるところが大なのです。




『 還暦おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。


皆さんは大きな戦争が終わって間もなくの誕生 
ご両親様はじめご家族皆様のお喜びは いかばかりであった
ことでしょう。
「這えば立て 立てば歩めの親心」と申しますが 衣食住 何ひ
とつ満足なもののない不自由の当時のこと 喜びの中にも赤子
を抱えて ご両親のご苦労は並大抵のことではなかったかと
思われます。 


皆さんがこの60年の歳月に思い致すとき 感慨またひとしおの
ことと思います。還暦は人生にとって大きな節目 第2ステージ
呉々も健康に留意の上 社会人、家庭人として更なるご活躍
ご発展 一日一日がよき日でありますよう 心よりお祈りいた
します。


(中略)


ところで皆さんの「還暦お祝いの会」は本来 私が主になって
行うものと思いますが 準備などのことを考えると無理がありま
すので 幹事さんの計画に便乗してお祝いをさせて頂きことと
致しました。
そうした中いろいろ思案していたところ ふと当時の教室のこと
を思い出しました。


皆さんと共に過ごした鵠洋の教室 その壁に私の好きな詩の
一節 「心に太陽を持て」と書いた紙が張ってあったのを覚えて
いるでしょうか。


この詩は少国民文庫の中の小中学校生向けとして書かれたも
ので 小学校の教材にも取り上げられましたから 皆さんの記憶
にある人もいるのではないかと思います。


このようなことから 山本有三編著「心に太陽を持て」を皆さんに
お贈りし お祝いに代えたらよいのではないかと考えた次第です。


還暦記念としては誠にお粗末なもので失礼かなとも思いましたが
小学校時代に還ったつもりになってください。
気軽に読めるものですし 意外と知らなかったことが書いてある
ようにも思います。
目を通してみて「これは幼い内容の本だ 読むに値しない」と思い
ましたら どうぞお孫さんなり近所のお子さんにでも差し上げてくだ
さい。


改めて還暦のお祝いを申し上げ 益々のご健康 ご多幸をお祈り
いたします。                            不一


平成XX年11月11日
                                 玉野輝光 』


********************************
心に太陽を持て


心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て、
軽く、ほがらかに。
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。
「勇気を失うな。
くちびるに歌を持て。
心に太陽を持て。」

********************************

Mr.Steersman から追伸 「雨ニモマケズ」。


「雨ニモマケズ」


雨にも負けず   風にも負けず   

雪にも夏の暑さにも負けぬ   丈夫なからだをもち

慾はなく   決して怒らず  いつも静かに笑っている   

一日に玄米四合と   味噌と少しの野菜を食べ   

あらゆることを   自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり   そして忘れず   

野原の松の林の陰の   小さな萱ぶきの小屋にいて  

東に病気の子供あれば  行って看病してやり

西に疲れた母あれば  行ってその稲の束を負い  

南に死にそうな人あれば   行ってこわがらなくてもいいといい  

北に喧嘩や訴訟があれば   つまらないからやめろといい  

日照りの時は涙を流し  寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ  褒められもせず  苦にもされず

そういうものに  わたしは  なりたい




忘れていましたが、突然先ほどラジオで聞きました。
僕らもこういう心を必ず持っています。と信じたいです。

K.健二

Mr.Steersman からの返信。

『 昨日はやはりなんとなく(東京から)ガソリンを使うことが気になって、、、。
まあ、そんな大げさには考えていませんが、、、。
今日も参加してませんが、夕方から知人のお通夜がありまして。
連絡もせずに申し訳ありませんでした。でもみんなが漕ぎだしたこと、
うれしく思ってます。

みんないろいろな思いがあると思うので、カヌーの動きがぎこちなく
なってしまっても仕方ないですね。でも前には進んだはずです。
しばらくはそれでいいのでは?と思います。
前に進むんですから。

今のこの日本の状況も、少々ガタツクかもですが、必ず前へ進むと
思います。だからぎこちなくても、みんなで漕ぎださなければいけない
んだと。


今回は海に随分いろいろなことを教わりました。でも僕らも元々は海
から生まれてきた?と教わっています。
確かに多くの人を飲み込んだ海がすぐ近くにありますが、ある意味
母なる海でもあるわけで。
生まれてもう56年間経ちました(すみません、Ⅹさんより少しだけ
少ないです、、)が今回のことで、突然先のことが少々見えなくなっ
ています。


不安材料が多く、学生のころの将来の不安さとは少々違う種類ですが、
この不安な感じを考え方次第でなんとか楽しめないか?と自問していま
す。日本もみんなもこれはチャンスなんでは?と。
間違えを正せばいいんです。それぞれが、できる範囲で。
(できる範囲としておかないと、ぼくも弱いんで、、、、)
K 』   

*無断転送をお許しください!

to Mr.Steersman!

カヌークラブが昨日再開するということで、恥を忍んで参加させてもらい
ました。

その感想を、昨日来れなかったクラブのMr.Steersman(舵取り)に送った
メールを載せます。


『きのうはいらっしゃいませんでしたね。残念でした!特に夜の部を楽しみに
していたのですが(笑)。

漕いでみましたが、やはり非常に違和感を感じてしまいました。

それはいまもういいのだろうか?ということと、いま津波が来たらどうするか?
全く集中できないのです。肩にガチガチに力が入って、いつもの楽しさは全く
ないのです。
うねりは多少あるもベストに近いコンディションにもかかわらずです。
海面にはもぎ取られた藻が一面に浮いていました。みんな何か多かれ少なか
半端な気持ちがあったのではないでしょうか。

カヌーがすべりません!各シートの後ろに重苦しい壁があるのです!
前から気が流れて来ません。後ろからの力も前に届かないようです。
(ずーっとそんな風に感じていました。)
多くの人をのみ込んだ同じ海の上にいて、私たちは生かされている
わけだし、とても複雑な思いがします。

しかし第一歩を漕ぎだしました。
これからの感情の変化がどのような方向へと向かうのか今は自分自身
全くわかりません。



しばらくの間、みんな迷いながら時間をかけて漕ぎ、今までと違う活動の
方向性がすこしでも見つかるといいですね。 (中略)

つぎはミスターが舵をとるカヌーに乗りたいと思います。
待ってます!』 

以上。



今後ともよろしくお願いいたします!

故あって、彷徨に!

今回の軽井沢行き、故あって、脆くも彷徨に
帰しました。
多くの友人に心配とご迷惑をかけてしまいました。


ことの顛末はともかく、これも我がノーコンセプト
な人生が露呈したものと自戒せざるをえません。


リセットにつぐリセットです。

2011年3月20日日曜日

to be continued at 150miles from the Ocean

文明の利器って?

必要以上の心配をすることもないのだが、
もう過信はできない。

高度成長にうかれているうちに、一部猛烈な反対者がいたの
に、その人たちを尻目に、効率的な経済成長を助長するため
にバケモノをいくつも我々は作ってしまったのだ。
それをいまや我々の手では全く制御すらできないことに気づ
いた。

いくら今、その時の推進者が意見を言ったところでとても口に
さみしい声にしか聞こえないし、100%信じられるものではない。
しかし、当時如何ほどの善良な市民が身体を張って、または
論を尽くして反対しただろう。

そのことを、I 知事の暴言、「天罰」なら我々は甘んじて受けな
ければならないのか。

この期に及んで経済はその上を行くバケモノ化に成長してしま
って、苦しんでいるモノたちを無視して投機に明け暮れている。
狂っているとしかいえない。

そんな経済成長のために、そのシモベとなる恐ろしい利器を次
から次へと作っている。
安全性は地に落ちた。

退治できるバケモノとできないバケモノはいる。自然はそうは
いかない。
今あってできるバケモノは退治しなければいけない。

この大惨事を早く終息させて、市民のための舟を作り自分達
の能力に応じた、新しい文明の海を探すべく航海することが
必要なのだと思う。
すべて一度リセットをするために。

それまでは全員で力を合わせこの苦難を乗り越えるため、少し
でも前に漕いでいかなければならない。
それぞれ個々の可能な限りの力を出して。

2011年3月18日金曜日

最小単位?

ガイガーカウンター片手に、こんな方もいます、と家内の仕事の
パートナーのMさんがMr.ガイガーカウンターさんのことを教えてく
れました。


話は変わりますが…
私たちは年寄りふたりを抱えて、あの壮絶な波には勝てないと
11日の緊急避難で実証できました。

避難所はいろいろありますが、歩けない年寄りを車に乗せて
大事な愛犬2匹ももう1台に乗せて、混乱した鵠沼の細い道を
非難するのは60有余年なれた場所でも中々しんどいことでした。

そして、避難場所の車の中で僅か1時間ちょっといるだけで老い
た義父母はもうじっとしていられないのです。
無理もないといえば無理もない…。


とっさに何かを思い切る(決して義父母をということではなく)、と
いうことは一刻が迫っても中々難しい。
今回犠牲になられた方々もそういう状況で波にのまれてしまった
方々も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

そして個人の財産や、家族の絆と個々人の意思ということを本当
に考えさせられました。

想定外のことを想定して、避難方法も勿論ですが、可能な限りどう
いう状況をも想定して、生活を共にするもの同士話合うことが必要
だと、わが息子に言われました。
そう言ってこのさなかに、彼ら夫婦は予定通りの休暇をとるため
京都に向いました。

これでも良いのかも知れない。最小限の単位の行動パターンを
取るということも自分と直近の大事な命を守るためには大変に重
要な要素だとも思いました。

2011年3月16日水曜日

買いだめは止めよう!

特に保存食の買いだめは止めて、いつものように生鮮食品を
大事にとりましょうよ。

保存食は少しでも必要な被災者に!

生鮮食品が残ってしまったら、それこそモッタイナイ!
ロクな食事もとれていない人たちに申し訳ないじゃないですか!

きょう食べるものはきょう買えますよ!

みんな、できる我慢はしましょうよ!


***息が詰まった時は、
       腹式呼吸をゆっくり3回、
                 鼻から吸~って、口から出~す。

2011年3月14日月曜日

有難いことに…。

Maila  「こころが塞がれるー…。」

きょうの朝と夕方からの計画停電はぼくらのグループは中止
になった。いまこんな状況で本当に有難いことだ。

東電も混乱していたようだが、これも仕方がない。ご苦労な
事ばかりなのだから。
それに今日は4月中旬(?)並みの暖かさだったので恐らく
暖房の必要がないことも大きかったのだろう。

停電すると水が濁ることもあるということだったので、朝一で
水道水を貯められそうなモノにはためたのだが、無駄では
なく訓練にもなったし、食器を洗うときに、蛇口からの水で洗
うより貯めた水を使えばどのくらいでどこまで洗えるか分かる
し、むやみに洗剤を使わなくてもきれいになるモノがたくさん
あることに気づくと家内が言う。

あさ10時に134号線のスーパーUnionで義父母たちの食パンを
と自転車で買いに行ったら何とまー、駐車場は既に満杯、入口
に買い物カゴすらない混みようだ。
帰ろうかと思ったのだが、他にも買いモノがあるので店内を一周
して様子も見ておこうと入って、とりあえず一番奥のベーカリーに
着くと案の上、主食系の食パンなどの棚は空っぽ。
しかし、そこにジャストタイミングで焼き上がった食パンが出てき
てゲットできるというラッキーさ。

きょうはホワイトデーなる日だというのに気付いたので、昼食後に
片瀬山のパン屋、PINYのロールケーキをと出かけた。
またラッキーなことにちょうど3つだけ残っていたので義理が果た
せることになった。
しかし食パンも調理パンも菓子パンもいっさい売り切れ。

途中のFスーパーなどは駐車場が満車で道路で何台もウェイティ
ングしている。
きっと行ってもお目当てのモノはとうにないのだろう。



そう、きょうはホワイトデーはMy Birthday でもあり、このような時に
不謹慎ながら大安でもあったので神が与えたもうた有難い
プレゼントに思えた。



ジョージー 「ぎゃー、デカー!!」

Maila   「ジョージーとか? カフナの兄弟ね!
 いつでも熱烈歓迎よ!
     あなたも早くもっと大きくなりなさいね。」


帰ると、鎌倉の I 夫妻が本当はまだ2回目のワクチン前なので
他人、ではない他犬と会わせてはNGなのだけど、
お互いにそうなのだが、このいうに云われない不安な気持ちを
一瞬でもシチュエーションを変えて晴らしたいということなのだろう、
我が家に愛犬ジョージーを連れてやってきてくれた。

やはり、特にこのような時にはこの子たちは無条件に癒してくれる。
それもちっちゃな子犬が入るとこれはまた格別だ。

またまた、貴重な<時間>をプレゼントしてくれた。

Kahuna   「…というわけで僕たち誕生日プレゼントできたらしいですよ。」

Maila 「そう、モノじゃないのよ!大切なのは!
特にこのような時にはね…。」

Kahuna 「なるほどねー。」



* 大災害はカフナが手術から帰った午後に起きた。
なのでまだまだ傷口なめないように
エリザベスカラーをさせられている。

2011年3月13日日曜日

想定外、はないというのも教訓

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* 気象庁はオーストラリアのデータをもとに
  本日、マグニチュードを8.8 から 9.0に修正した。


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被災者の方々の悲しみとご苦労そして不安を考えれば、
何もいえません。
ずーっと頭が重く、胸が苦しい。

本当に日本は地理的にも資源的にも脆弱だったにもかかわ
らず経済成長ばかりを糧にしてきたので、大量生産、大量消
費、大量輸出で喰っていく道を選んでしまった。

それに乗り、後押しをしてきた我々世代には誠に何とも矛盾
した話なのですが、
この国の多くの人は質素な生活と我慢を忘れてしまったのか
も知れません。

これからしばらく相当なその我慢生活をすることになるので
しょう。
しかしそれだって、被災者の方々のそれに比べれば無きに等し
いものです。
あすから午前と午後2回の輪番停電が実施されますが、これだ
ってしかり。

いま、呑気に言えることではありませんが、
のど元過ぎれば…ではなく、文明的な多くの教訓を生かした
方向に舵を切らなければいけないのではないでしょうか。

しかしいまは、一日も早い救援・救済、復旧が最優先されなけ
ればならないのは勿論ですが、
このような激甚災害にも二度と壊滅させない復興計画に英知を
尽くして興さなければなりません。


どうぞこれ以上の想定外、許されない原発による災害と大きな
余震により被害が拡大しないことをただただ祈るばかりです。 

(今日現在、3号機も1号機と同様の処置段階にある)




亡くなられた方々の無念を思えば、一日一日こうして無事にさえ
生きていられれば幸せだと、本当に痛感しています。

亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りします。

そして、救援を待たれている方々が一刻も早く助けられることを
お祈りします。


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プチ対策
・ジップロックに水を詰め、冷凍庫で凍れせ、クーラーボックスで冷蔵対策。
・なるべくNewsは防災用電池式ラジオで。
・あすから風呂は輪番停電の合間の昼間に家族順番に入る。それも2日
 おきくらいに。
・停電中に年寄りのための石油ストーブをセット。
・クルマに積む緊急避難用品をセット。
・避難用寝袋(‐2℃対応)をアマゾンで購入。…もたもた迷っているより早い。
・携帯電話は通電中は充電機に継ぎっぱなしに。

状況
・ストック用単1乾電池はどこも売り切れで近くの電気屋さんに予約。水曜日に
 ならないと入荷せず。
・2リットル入りペットボトルはどこのスーパーも売り切れだったが、近くのコンビ
  ニあった。(被災地優先は当たり前)
・カップヌードル系もどこも売り切れ。
・ベーカリーのあるスーパーの食パンも焼けるたびに売り切れ。

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インターネット募金。

Google募金

yahooインターネット募金


被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

2011年3月12日土曜日

24時間の記録。






◆3月11日午後2時46分ごろ、
   東北でM8.8国内空前の巨大地震

同日午後3時55分
   宮城県名取市ほか大津波発生(写真)


◆同日午後6時21分
  <エリアメール>大津波警報が発令されて
          います。
          高いところに避難してくだ
          さい。
          現在、藤沢市では、次の避難
          施設を開設しています。
  開設避難施設
    片瀬小学校、片瀬中学校、かながわ女性センター、
    湘南白百合学園高校、同小学校、鵠南小学校、
    鵠洋小学校、鵠沼小学校、鵠沼中学校、太陽の
    家、藤沢市民会館、藤嶺学園鵠沼高校、藤沢市
    老人福祉センター湘南なぎさ荘、辻堂小学校、浜見
    小学校、高浜小学校、八松小学校、湘洋中学校、
    高浜中学校、湘南工科大学、同付属高校
    (藤沢市)

◆同日午後7時36分
 <エアメール>緊急地震速報  
                      福島沖で地震発生。強い
        揺れに備えてください。 
        (気象庁)

午後7時45分
        我が家、片瀬山にクルマ2台で避難
                               (①僕+妹+嫁+マイラ+カフナ ②家内+両親

◆同日午後7時50分

<エアメール>大津波警報が発令されて
        います。
                    高いところへ避難してください。
        (同上避難施設掲載)
        (藤沢市)

午後8時45分
           我が家へ帰宅


午後10時47分 
  カヌーKマネージャーよりメール
           電話が繋がらず大変です。
                              明日の練習会は中止とします。
           (江ノ島西浦にある)カヌーの(安否)
                              方は申し訳ありません
           が現在確認できていません。
                              津波の第2波あたりが来た時
           までは大丈夫だったので無事を
                             祈ってください。
           江ノ島桟橋も134号線も現在は
                              通行止めです。
           ではみなさま気をつけてご帰宅を!

3月12日午前3時59分
  六本木に籠城の息子からメール
           電車も落ち着いたようなので帰ります。

同日午前4時37分
  帰途の息子からメール
           まだまだ(地震)続いているようです。
           そちらはだいじょうぶですか?
同日午前5時25分
  帰途の息子からメール
           いま中央林間です。大丈夫、落ち着
                              いています。

同日午前6時30分ごろ
  息子無事帰宅。

◆同日午前6時19分
 <エリアメール>緊急地震速報
         神奈川県で地震発生。
         強い揺れに備えて下さい。
         (気象庁)

◆同日午前6時34分
 <エリアメール>緊急地震速報
         長野県で地震発生。
         強い揺れに備えて下さい。
         (気象庁)

同日午前7時2分
  カヌーKマネージャーよりメール
            ・・・カヌーは無事でした!
            いまのところご心配なく!掲示板にも
                                 書いたとおり本日中あ出廷禁止となり
                                 ますのでよろしくお願いします。・・・

◆同日午後2時4分
  <エリアメール>津波注意報が発令され
                           ました。
          大津波警報は津波注意報
                           に切り替わりました。
          1時50分に大津波警報に変
                          わり、津波注意報が発令され
                          ました。
          今後も海面変動が続くと思わ
                           れますので、海岸付近では
                           注意してください。
          (藤沢市)

◆同日午後3時くらいから
 <防災無線>東京電力から
          夕方各家庭で一斉に電力が
          使用されると停電の恐れが
          あるので
          不要な使用を避け節電に
          協力する旨の広報あり。
          (藤沢市)

◆NHK報道 3時36分ごろ
         福島第1原発1号機で直下型
         の揺れがあり白煙が上がり、
         作業員4名が負傷し医療機関
         に搬送。
         (建物の外壁が剥がれている
         ようだ)

         周辺放射線放出量が1015マイクロ
         シーベルト/h
         (敷地山側午後3時29分)を記録。
         この数値は通常のひとが1年間
         浴びる放射能の限度量を1時間
         で浴びることに・・・。

         第1原発からの非難域を半径10k
         から20kに。
         (午後7時代)

◆同日午後8時35分
 <エリアメール>津波注意報の解除について
         藤沢市に発表されていました津波
         注意報については、3月12日20時
         26分に解除されました。
         (藤沢市)

◆同日午後8時30分
     政府会見 枝野官房長官
         福島第1原発1号機、爆発からの
         経緯説明
         15:29 1015マイクロシーベルト/h
         15:36 爆発
         15:40 860マイクロシーベルト/h
         16:58 70.5マイクロシーベルト/h
         *水蒸気→水素が格納容器と建屋壁
          の間に充満し+酸素で爆発した。
          格納容器の損傷はなかったと確認。
         20:20 海水+ホウ酸での冷却を着手

         避難域の拡大は念のため、であると。



          
***この24時間のエリアメールを全て掲載。
                     
        

2011年3月11日金曜日

みなさーん!無事ですか!?

こちらも経験のない強いそして長い横揺れでした!


用事で鎌倉にいましたが、ずーっと停電でクルマで広域のニュースは得ましたが、
鎌倉市の防災無線のスピーカーからはあまり有効な情報がありませんでした。


海の引き波が16時ころ凄いとカヌーのメンバーに連絡したら言っていたので、すぐ避難するように言いました。


鎌倉の防災用水が何故か空になったという噂も聞きました


渋滞に巻き込まれ、17時過ぎに帰宅できましたが、予想以上の惨状をTVで見て驚きました。


幸い、息子が六本木から戻れない(戻らない)だけで現在全員無事です。


しばらくして緊急避難指令のエリアメールが入り、年寄り2人、妹、嫁を乗せて2台で(勿論マイラも退院早々のカフナも連れて)高台の片瀬山に避難しましたが、年寄りに狭いクルマの中は1時間くらいで限界になり避難解除の情報前に帰宅することにしました。
本当はまずいことですが。
近くの中学(避難所)に念のため行ってみてもよかったかも知れません。


避難所のボランティアの方々にも情報がないようです。
初期の処置情報が徹底されていないようでした。




藤沢の防災無線はキメ細かい情報を発信していません。
普段年寄りの行方不明や振り込め詐欺情報は一生懸命なのに市はだめだ。


クルマの中では年寄りには1時間くらいで限界になりました。


そして、避難用の準備不足を痛感しました!


避難場所近くにスーパーには即食べられるモノは既に完売でした。


まだまだ、予断は許されないので明日改めて準備をします。


東海・東南海だったらこのくらいでは済まないのではと…。




みなさんの無事を祈ります!!


いままた、避難指示のエリアメールが…。

2011年3月10日木曜日

Kahuna (コッカプー) #52 手術、無事に…。

カフナはきょう午後無事に手術が終了したと獣医さんから連絡
があった。

麻酔も昔のように注射1本で眠らせるということではなく、吸気
麻酔を交え、様子を見ながら効かせていくらしい。

麻酔によるショックは2万体に1度くらいの確率であるが辻堂犬
猫病院では幸いまだ一度もないとも。

麻酔が効くとチューブで気道を確保して手術に入る…。

今は♂の大事なモノの入っている袋は切らずに腹部を切って絞り
出すように外に出すのだそうだ。
袋は皮が薄いため炎症等を起こしやすく術後の処置も微妙だか
らだそうだ。

時間が経つと自然に袋も胎内に吸収されてなくなるのだそうだ。

しかし、気になるマーキングは100%なくなる保障ないとのこと。
頭が覚えていてしばらくしても、時間が経つとなくなるケースが
殆どなのだろうが…。

と、最近は獣医さんも事前説明を色々きちんとしてくれるので安心
できる。

今晩カフナは何を考えているのか…。

Maila 「なんか変だなー…。ふたりとも私には説明不足よ。」

2011年3月9日水曜日

まんまと上げてもらっちゃって…。

Maila 「なんかウェンちゃんの臭いがするんだけどなー…」

Kahuna 「うん、しますねー。」
Maila  「アンタは知らないでしょう!ウェンちゃんのこと。」




Kahuna  「……、えつ、まー……」


dairokuさん宅に届けモノがてらのワン歩 になった。
玄関先で失礼しようと思っていたら、「上がったら!」と奥方が
仰るのでカフナとマイラ共々上がらせてもらった。

フタリ は脚も拭かずに!
マイラは亡くなったウェンディの痕跡いや、臭跡をクンクン嗅ぎ
回ったが臭いはすれど姿が見えないのでしばらく落ち着かない。

カフナはマーキングをしやしないかとこちらが落ち着かない。

まーdairoku夫妻はもっと元気なウェンディが居たわけだから
こんなおとなしいフタリ  はどうってことはないでしょうけど(笑)。

僕は、いつ行ってもある甘いものとお茶を頂き、フタリ は何と
家でもあげたこともないパンを、それもチンしてもらった。
まんまと。


フタリにもパンを。
あまーいCmkさん!
いや、ご馳走さま。


カフナは昨日獣医に行って、血液検査の結果麻酔は問題ない
ということで、可哀そうに明日ハーフの手術 になってしまった。
きっとエリザベスカラーなんかされちゃうからしばらく散歩も
行けないので、いつもよりちょっと遠くまで回って上げた。

カフナは昨日計ったら7.7Kで先生は触診してから、もうちょっと
太ってもいいですよ、9K、10Kくらいまで、と。
早速試しに昨日の晩からフードをオーガニックからもう少しカロ
ーの高いプレミアムに変えた。



*帰ってからしばらくぶりに地蔵菩薩の粘土制作を再開した。

2011年3月8日火曜日

朝は冷え込み6℃。


ターン地点で休憩中の2艇。

1艇の4番シートが開いている!
僕が座るべきところ。まずい!

ステアはステア志願のG.マスターズの T さんだ。

もう1艇、トップは同じくG.マスターズのdairokuさん。
ステアはMossan、カッコイー!


きょうはカヌーのユル漕ぎデー   で僕もやることになって
いたのだが、土日とシーズンイン両日ガンバリきのうから
チョット腰にきたのと、この寒さでメゲてしまい無理をしな
いでドタキャンにしてしまった。

その代わりゆっくりマイラとカフナで3日ぶりに散歩に。
もしかすると片瀬川で漕いでいるかもと、いつものコース
と反対の江ノ島方面に行ってみるとビンゴ!だった。

2艇揃っているところに出くわした。

空気は冷たいが気持ちよさそうだったのでよかった。

西方橋のたもとのスロープ(漁港)で
子供たちが何やら放流しているのは、
ドジョウだったそうだ。

Kahuna (コッカプー) #51 本能? それとも当てつけ?



主 「怒ってないよー!」


Kahuna 「マーキングはオトコのつとめでも―…。」

Maila   「オトコの子は家の中でもそんなことするんだー。しーらないっと。」


 カフナは♂。

きょう階段下の〝結界〟が開いているすきに駆け上がり
僕のベッドに飛びう上がり、家内が見ている目の前で僕の
パジャマとベッドカバーにチーをかけた。初めてのこと。

♂の本能なんだろう。でも見ている前だから半分は2階に
上がれなくした僕への当てつけかも知れない。

もう1ヶ月近く去勢手術を延ばしている。なんだか可哀そ
うで…。
でも潮時だな。

今週中にでも獣医に連絡して血液検査を、と家内も言っ
ている。

2011年3月7日月曜日

絵手紙。



鎌倉 長谷寺の広報官兼アートディレクター、…と
多才なZekuさんから
わが家内製のマーマレードを差し上げたら
絵手紙でお礼を頂いた。

楽器が弾けたりと絵が描ける人は
人生、倍得をしているといつも羨むのだが…。


3ヶ月も休んでしまった
仏像彫刻を今週から再開することにした。

生命力こそ真の力、と。

毎日新聞2011・1.13掲載



 帝国主義も、社会主義も、民主主義も、自由経済も…100年はもたない。

『今後に楽観してはいません。政治指導者は歴史上、誤りが想像しうる
ときに、必ずその誤りを犯してきました。だから私は、人類の真の力は、
誤りを犯さない判断力ではなく、、誤っても生き延びる生命力だと考えて
います。』 と。

いま、この国の問題を軽減する筋道は大同小異のはずなのに、まだ
党利党略で、勇猛果敢なはずだった小回りし過ぎて躓いたチーターの
脚をみんなでかじっている。
国民が期待した即効チーターはやはり長距離は走れなかったのか。
豚が汚したモノの始末に手が負えないのか。

いまや肥えた鈍かった豚もスリムになって美味しくなさそうだし、
ハイエナは血を出している自滅しそうなチーターの周りで自分が仕留
めたとでも言わんかウーウー五月蠅いし。

豚の断末魔の投げ出しリーダーたちが自分のしたことを忘れて言い
たいことを言っているのをまともにみんなが聞いているとでも思って
いるとしたら滑稽だ。

それにしてもリーダーシップの取り方のヘタさはやはり戦後教育の
せいなのか。
表現のヘタさ、プレゼンテーションのヘタさ、それ以前に人間性、自分
の得手不得手の判断とフォローのなさ、そしてステートメントの視点が
分からないボヤケ方。

こんなに国民の意志と感情とに乖離している政治がいつまでできるの
だろうか。

何で貴重な国会や予算委員会が、テレビ・ラジオの中継をしているに
もかかわらず、国民の想像を超える創造的な時間をつくろうとしないの
だろう。
どうして自立した政治家として自分自身の生きたプレゼンテーションを
しないのだろうか。サボタージュにしか思えない。
パネルボードを振りかざせばプレゼンテーション?


いま政治こそ、象の優しさ、ライオンの気高さ、亀の寿命、チンパン
ジーの知恵と、サラブレットの美しさと、鷹の俯瞰視と、蜂の従順さと
を……
遺伝子組み換え と新しい血液の導入が最も必要で急がれるのか
もしれない。

とにもかくにも、次の選挙こそ有権者にとって大事な判断が求められる。




 



2011年3月6日日曜日

きょうのカヌー。

昨日に引き続き、ナマッた身体を起こしに、カヌーで頑張る。
きょうは基本的なフォームチェックがメインの練習になった。
この3月のメニューということだ。

特に僕たちゴールデン・マスターズは体力だけでは残念ながら
いかんともし難いので、正しいフォーム、そして前に合わせる、
それだけは最低でもやらなければスムーズに前には進まない。

だから、毎年同じ練習の繰り返し。そして毎年同じことを感じる。
ひとつは少しずつ確実に体力が落ちていること。ひとつはそれ
をどうやってリカバーしようかということ。

カヌー経験の短い僕には中々な難問なのだが、実ははこう考え
ことにしている。
このスタートの月の具合を一年の生活のバロメーターにしようと。

去年は思いもよらずKona レースに連れて行ってもらって、30Km
2時間45分を漕ぎ切れたが、これだって自分の力ではない訳だし
みんなに助けてもらってできたこと。

特にOC-6の競技は決してひとりでできるスポーツではないの
で、その中でひとりでも足を引っ張ることは致命的なハンディ
になる。
そこはみんなホビーと割り切ってくれることがあっても…。


個人的にはこの歳になっても、自分の体力への具体的な挑戦が
できることがあるのは有り難いことなのだが。

ことしはどんなことになることか


2011年3月5日土曜日

最初の記憶の飼い犬。


昭和28年5月3日「憲法記念日撮影」との裏書きあり。
名前はベル。雑種でしょう。

外で飼われていた(その当時殆どどこの家もそうであったが)番犬。

その頃は今と違い大らかで、散歩が出来ないときはリードを放して
勝手に用足しに行かせていた。
どこからも文句はなかった。

ベルは顔に似合わず喧嘩が好きではなかったのに、ある日左耳を
千切られて帰って来た。
その傷跡が分かる。
右耳はなぜかたれている。

丈夫だったが、そのころワクチンなどしておらずフィラリアで死んで
しまった。

僕たちのシーズンイン

中津宮


湘南アウトリガーカヌークラブはいよいよきょうから7年目の
シーズンイン。

江島神社からあさ神職の方に西浦まで来て頂き、恒例の神事
に則って安全祈願をして頂いた。

そのあとクラブとしての活動は約2ヶ月ぶり、個人的には12月
にひどい咳風邪を引いたので約3ヶ月ぶりのパドリング。
西浦から東浦、そして七里ヶ浜まで休憩を入れながらOC-6 
6艇揃って、帰りは休まず東浜の桟橋まで。

やはり長期の休みで筋肉が落ちてしまってイメージ通りには
パドリングが出来ない。
しかし、水がきれいで、風も微風、気持のいい絶好の初日と
なった。

記念すべき(?)初日のクルーはランダムクルーで、1番MY君、
2番Konaクルーのハッチ、3番元副代表キノケン、4番僕、
5番は先週式を挙げたばかりのMi姫、ステア(舵取り)Shunマネ
ージャー。

終わって再度江島神社の御祭神の三姉妹の女神が祀られて
いるといわれる辺津宮、中津宮、奥津宮を急な階段を上りな
がら参拝し、江ノ島亭で昼食会になった。



自転車でさっそうと帰宅して風呂に入ったのだが、ひとたび
ソファに寝そべったら、昼食で飲んだ生ビールの酔いと心地
よい疲労感でウトウト…。

2011年3月4日金曜日

ラブラドゥードゥル、真黒クロコ。

エッジは写真をトリミングしたため
ギザギザでごめんなさい。

辻堂のYさんは大きい犬が大好きで
グレートピレニーズなど2代も3代も
飼っていて、去年亡くしてしまったのだが、
こんどは、ゴールデンリトリバーとプードルのMix、
(デザイナードッグとも言うらしいが、)
ゴールデンドゥードゥルも真黒の姉妹
ネーラリオーの2頭を飼った。

昨日、連れて来てくれた。
部屋の中でマイラ、カフナを交えて組んづ解れつ
ひとしきりだったが、遠距離Walkで疲れていたのか
15分ほどでおとなしくなってしまった。

カフナと同じハイブリット犬、
良いとこ取りならね…。




もう一つおまけのYouTube 滅茶苦茶、忙しい偉いワン!

きりがなーい、YouTube 可愛すぎるワン!


最高!!

2011年3月2日水曜日

背番号7、逝く。



元読売巨人軍の名外野手、3代目の背番号7
           ウォレス・カナメ・与那嶺氏が85歳で亡くなった。

マウイ島生まれの日系2世。
高校卒業後サンフランシスコ47ersでアメフト、怪我をしてマイナー
・リーグを経て ’51年に来日し巨人軍に。

巨人時代はアメフト仕込みの身体をハッたスライディングでジェント
ルな面持ちとは逆にアクティブな野球を日本プロ野球に吹き込んだ。

首位打者3回、’57年にはMVPを獲得した。

’62年に水原茂から監督を引き継いだ川上哲治氏から戦力外を告
げられ自由契約になり、2年間中日ドラゴンズでプレーし、コーチから
’72年にドラゴンズの監督に昇格し、’74年には川上巨人のV10を
阻止し、20年ぶりにチームをリーグ優勝に導き、きっちり川上氏に
借りを返した。

その後巨人のコーチに戻り、南海ホークス、西武ライオンズ、日ハムと
豊富な経験が買われた。

巨人軍の背番号7はその後、大橋勲、柴田勲、吉村禎章、二岡智宏
らに受け継がれ、そして今は期待の長野久義が2010年から付けて
いる。

2011年3月1日火曜日