2010年5月23日日曜日

藤田 潔氏 2010年「日本宣伝賞吉田賞」受賞

この4月に藤田 潔氏は、広告の鬼といわれた(株)電通の故・吉田
秀雄氏が、昭和32年第2回日本宣伝大賞の受賞を記念して昭和36
年に吉田氏によって制定され、広告会社、広告制作会社及び広告
関係諸団体、学識者等を対象に、それぞれの立場から広告界の
向上発展に尽力し、功績のあった人に贈られる第50回「日本宣伝賞
吉田賞」を受賞された。 

藤田 潔氏は現在、株式会社ビデオプロモーションの名誉会長職で、
僕は大学卒業後13年間同社に勤務し、個人的にはご夫妻にはお仲
人までお願いし、公私ともに大変お世話になった。


昨年、暮れには、創業50周年記念で自著「テレビ快男児」(テレビと
生きた半世紀)を発刊されお送りいただいた。



氏は、実弟の故・藤田敦氏(毎日放送から、後にテレ・プランニング・
インターナショナルを興す)と共に業界の名物コンビとして、特に
テレビのコンテンツや放送時間の開拓を行ってきた。

その中で、僕が同社に在籍中にイポックになった事業の一部をあげると、
1976年からマスターズ・ゴルフ・トーナメントの衛星中継(続いて全米
オープン、全英オープン)やウィンブルドンのそれがあろう。

スポーツは「生」でこそ価値が高い、という信念のもとに展開したが、
これは同時に、早朝の時間開拓であった。

氏は既に、日本テレビ系の「11PM」をNTVの井原高忠氏や後藤達彦
氏らと深夜時間を開拓・制作していた。

また、NETからテレビ朝日に変貌し、よりテレビと朝日新聞とを融合
させるためにと展開した番組では日曜の夕方に放送した「こちらデスク」
がある。(1978年)
番組のアンカーマンとして朝日新聞社のデスク、部長等が登場。
何代目かに、筑紫哲也氏を登場させた。

テレビマッチが横行する中、NCAAアメリカンフットボール公式戦で
あった「ミラージュ・ボウル」や、同じくNCAAバスケットボール公式戦
「サントリーボール」と敦氏と、とことん「生」と「本物」にこだわった。
藤田 潔氏、あえて言わせて頂ければ藤田 潔・敦氏御兄弟の偉業と
しての受賞であったのではないだろうか。
まさに、テレビ時代の絶頂期をパイオニアとして走ったお二人の栄冠
なのだろう。

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